今日は、沼津港深海水族館「DEEPEST」で全面的にお世話になった北村岳士さんとお話ししました。
長年音楽に携わってこられた北村さんは、「想い」について大変興味深いお話をして下さいました。
今は、「想い」が軽くなってしまった時代である。
誰しも「想い」があることはあたりまえ。その「想い」が世の中に溢れすぎると、「もうそんなものは見たくない!」となってしまう。「想い」を前面に出しても伝わらない時代になっている。
「想い」は人間のもつ長所の1つであるが、それがある分、悪い方向に出てしまうこともある。
「想い」があるために、場面によって全く逆のことを言ったりする。
例えば、戦時中と平和なときのモラルの在り方、戦後の経済成長期と現在のエコ志向。
1つのベクトルでみると素晴らしいことでも、人間がやっている以上、完璧はない。
しかし、決して「想い」を持つことが悪いということを言っているのではない。
見せ方の問題。
人間は、他人の「想い」を洞察することは好きだが、それを見せつけられるのは嫌い。
それなら、「想い」を持ちつつ、それを表に出しすぎないでほんわか見せればいい。
深く考えすぎずに、気楽に構えることも必要なのだ。
「想い」を重視しすぎる僕に、大きなヒントを下さったと感じました。
これまで、自分の「想い」と伝えるべきことの境界の認識が曖昧だったように思います。
今後、何かをアピールしていく際に、どこからが自分の「想い」なのかを考えるようにします。
そして、必要な時には、大いに「想い」を語ります!
鈴木香里武